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健康

人生がクソゲーだったとしても、神ゲーの面白さを生かすことはできる

こんにちは、にゃこです。

生きることって結局何だろう、どうやって苦しさを乗り越えたらいいんだろう、ってずっと悩みながら生きてきました。

どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか? (角川文庫)

哲学者も皆このテーマを扱っていることから、人類共通のテーマだということが分かりますよね。

とは言っても、人生の割と早い時期に自分なりの結論を出せる人もいれば、私のように30半ばになってもまだ同じ問いを繰り返している状態の人もいると思います。(…いますよね??)
リアルの世界でなかなか話す機会の無いことでもあり、同じような鬱屈した思いを抱えてる人はきっと沢山いるんじゃないかなと思います。

人生ゲーム

正直まだ答えは出ていないのです。
でも、「こういう意識で生きてよう」という方向性は固まりつつあります。
少し固まるだけで、その後の生き方が定まり、楽になれた気がしています。
同じようにぐるぐるされてる方が、自分の方向性を定める助けになりますように。

人生はゲームと同じ

ゲームが好きな方は、共感して頂けるかと思います。

攻略考えてる時が楽しいです。
ゲームはクリアの瞬間だけが楽しい訳じゃない
絶対に。
上手く行かなくても試行錯誤してる時間も割と楽しいし、特に練習も工夫もせずあっさりクリアできちゃうゲームはあまり好まない。
私はね。
終わる瞬間はさみしい。もっと遊びたかったなーって思う。
どうして人生においては、同じような感覚になれないんだろう?

ゲームに中毒性がある・ハマる人が多いのは、行動したらいい具合に結果が返ってくるところと言われています。
これがドーパミン超出て楽しいし、どんどん進みたくなる、やめられない。

でも、自分には面白いと思わないゲームももちろんあって、それがヒントなのかもしれません。 (面白くないのに続けている、という場合は、ゲームを続けてもらえるよう巧妙に作られた仕掛け-ソシャゲに多い-なので、考える時には除外してね。 )
自分が楽しいゲームの、どの部分が楽しいんだろう?

ゲームは楽しいんだけど、生活はつまらないって人は一定数いると思います。
毎日過ごすのが楽しくて、上手く行くときも行かないときも、折れずに思考錯誤して進んでいける人が、面白いゲームをしているような感覚なのだとしたら?
ちょっと、あやかりたいですよね。

つまらないのは社会のルールかも

毎日仕事に行くのがしんどい、と私は思うタイプです。

でも友人の中には仕事が大好きで、あまり苦じゃないタイプの人もいます。

私は一人で集中して何かをしていくのは得意ですが、一人じゃ耐えられない・誰かと一緒に行動したいという人もいます。

私は自分で仕組みを作って効率化を図るのが好きですが、マニュアルがある程度あった方がやりやすいタイプの人もいます。

恐らくなのですが、生き辛いと感じる人の多くは、自分の属性と社会のルール・今いる場所が上手くマッチしていない人なのかなと。
私の場合は人と上手く関われない部分だったり、身体が辛いときでも仕事に行かなきゃいけないストレスに異様に弱かったり、学校で強制的に方法を固定されて勉強させられるのが苦手だったり、などなど。

ストレングスファインダーなど深めるにつれ、本当にそのゲーム内で遊ぶしかないのだろうか?もっと自分に合うゲームを探してみてもいいんじゃないか?と思ったら、少し楽になりました。
そんな甘っちょろいこと、というのも勿論分かります。
でも、かのスティーブ・ジョブズだって、人格はだいぶアレだったらしいし、自分の出来ないことをやってくれる仲間がいたから、なし得たことではあるんですよ。

ゲームが神な理由

ゲームの何が楽しいのか掘り下げてみます。

1,やればクリアできると分かっているところ
2,クリアできなくても悔しいくらいで不利益がないから楽しめる
3,自分のやり方で遊べる
4、レベル上げがやりたくないことだとしても、ポチポチしてればできちゃう手軽さ。
その上でボスに挑んでクリアすれば報酬系が刺激されて中毒になれる

現実
やればできると思えないから辛い
できないと不利益被るから辛くなる
飽きてきたりやりたくない時でもやらなきゃだから辛い
クリアできるかはやってみなきゃ分からないし、レベル上げがどのくらいめんどくさいかも分からない。自分には無理ゲーな難易度だったってこともある。

現実のネガティブ面が気になるところではありますが、できるだけ双方を近づけてみてはどうだろう?
ゲームの面白いと思う部分をリアルにも持ってくるんです。

現実世界ではなかなか難しいことだけど、それでも成果を細かく得ていけば似たような感覚になることがあります。
『よっし今日のレベル上げクリアだ!!』ってねw
もしくは『ボス倒したぜー!!』って日もある。

これは繰り返すことで快感になりうると思っていて、毎日楽しそうなあの人も、時々悩みが辛いとしても、普段こんな風に過ごしてるんじゃないかな。
自分に潰されず安定して生活しているタイプの人は、ゲーム感覚で仕事や生活をしている人が多いような気がしています。

自分に活かしていく

私の場合はレベル上げやらはできるだけせずに、ギリギリの能力でクリアすることに快感を覚えるドMタイプ。

リアルでもできるかできないか分からないギリギリの目標に向かうことが多い。
ゲームと違って途中で辛くなるんだけど、これは最初に挙げた辛さが影響するんだよね。
クリアできなかったら人生無駄にした・詰んだような感じがして。

でも、一番やりたい道を既に選んでるんだよなーってことに気付くだけで視点が変わるんです。
私はできるかできないかギリギリのレベルでクリアするのが本当に好き。
辛いのは、道が間違ってるからじゃない。
頑張った先にクリアが確約されてないからだ、ってこと。

これは、他の道を選んだら解決するの?って考える。
つまり、ヌルゲーでクリアできたら楽しいのか、ってこと。
そっちの方が楽しいと思うなら、恐らくクリアできるだろう道を選んだらいい。
自分はこの道を進むのが(クリアした先のことじゃないよ)、一番ワクワクして楽しいってちゃんと自覚して道を選べば、ゲームで面白さが保たれるような生き方を選べるのかなって。

クリアできなかったから無駄だった、生活が苦しくなってしまった、ってことになるかもという悩みはもちろんありました。今でもあります。
安定していた方が、不安とか苦しさも減るだろうけど、でもそのために苦手なやりたくないゲームをするのも苦しいししんどい。
今やりたくないことを頑張って、進んだ先が本当に安定なのかだって正直分からない。

今はもう、AIが強くなりすぎて、既存の仕事はなくなっていく時代です。
やりたいことを深めて発信していたり、遊び尽くしていくような人が求められる時代も、既に来つつありますよね。
じゃあもう腹を括ってしばらく不安は消しておこう。
不安になってたら楽しめないし、生産性も落ちてしまうから。


レベルを上げたり、コツコツ積み上げて強くなるのが快感な人は、マスを作って1つずつ埋めていくのも楽しいかも。これにはマンダラートが使えます。
詳しいやり方の説明があるサイトを見つけたので、興味のある方は読んでみてください。

9つのマスから無限のアイデアを生み出すマンダラート発想法


使命だとか、天職だとか、探したところで見つかるものではないです。
見つかったのならそこへ向かえばいいし、見つからなくても、ただ楽しいと思う方へ向かったっていいと思う。
過去の私は、未来に名前や創ったものを残したくて、それを人生の意味にしたくて足掻いてて、でも意味なんてないって思ってしまって、どんどん苦しくなるばかりでした。

人生苦しいなって感じたら、面白いと思うやり方を探してみるのもいいかもしれない。
結果が出ない・先が見えないことは苦しいかもしれないけど、
ゲームはクリアの瞬間だけが楽しいわけじゃ 決してないんだよね。

人生の答えが見つからない虚しさが渦巻くデメリットはとても大きいけど、それでも毎日がゲームのように面白かったら、前を向いて進んでいけるのです。

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